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天にむかって歌う 一
作者:赵平 发表时间:2013-09-03 浏览:2986

天にむかって歌う

 

作品录音: 

原作:赵平 

录音:関直人 永井美羽 茂木直人 山崎華奈 桑原一明 谷坂宜子 浦田千晶 北澤史 渡辺直子 由川信幸 守屋利香 川島拓 山崎未花 古賀勝行 森畑結美子 田村恭平 趙含嫣

 

 ()がりくねった[1]山道(やまみち)沿()って、車輪(しゃりん)はくるくる回る。八月の太陽がさんさんと(かがや)いてはいるが、貴州の山道には涼しい風のない日はない。激しく()りつける太陽の(もと)で、山間部(さんかんぶ)の谷から舞い上がった湿気(しっけ)が、うっそうとした(しげ)みに集まり、折れ曲がる道路のあちらこちらでずっしりと凝縮(ぎょうしゅく)し、冷気(れいき)を作る。(おお)いのないトラックの荷台に立って風を受けていると、何と涼しいことよ!

 貴州の山道はさすがに(けわ)しい。岩が(かさ)なり合い、デコボコと走っている。荷台(にだい)はディスコでダンスを踊っているかのように上下に揺れている。それはかえって僕らにたわいない[2]楽しさを与えていた。みんなはしゃいだり笑ったり、嬉しくてしょうがない[3]様子だった。

 僕達は貧農(ひんのう)下層(かそう)中農(ちゅうのう)の再教育を受けるために田舎へ行く途中である。

 しかし僕らは学生ではなくて、知識なんか持っておらず[4]、当時流行(はや)った「知識青年上山下郷」の学生とは関係がなく、国家から給料をもらっていた正真(しょうしん)正銘(しょうめい)のプロレタリアートだった。僕は、十三歳で就職をした。嘘のような話だが、僕と同時に就職した連中の中には、十二、三歳でまだ鼻水(はなみず)()らしている少年が何人もいた。そればかりでなく[5]、十五歳で田舎へ行くまで、僕は何度となく職場(しょくば)を替えていた。しかし、そんなことは当時、日常()飯事(はんじ)で、さほど[6]驚くことではなかった。当時ちゃんとした職場に就職するのに肝心(かんじん)なことは、いい父親がいるかどうかだった。「数学・理科・化学など、どんなに成績が良くても[7]、いい親父を持つ[8]者には(かな)わない」というのが、我々の時代の誰もが知っていることわざだった。言い換えれば、いい親父がいれば、知識などは無用の長物(ちょうぶつ)[9]だった。そもそも[10]文化大革命は、「文化の命を変革する」といわれていた[11]のだ。

 本来プロレタリアートとは、すべてを指導する階級である、と定義されていたが、我々のような鼻水を()らしながら、工場に転がり込んだ[12]プロレタリアートには、指導者階級の意識などまだ育っていなかった。当時、幼くても工場に入られたプロレタリアートには、仕事がなかったから、給料をもらっていつも遊んでいるようなものだった。まあ、こんな愉快なことはなかった。ところが、軍代表が工場に進駐(しんちゅう)して、言うことを聞かない似非(えせ)プロレタリアートを、ぎゃふんと言わせよう[13]とした時、国の金をもらいながら、何年も工場で(かく)れん(ぼう)をしていたような、いたずら坊主ども[14]を相手にしなければならないことに彼は気づいた。散々(さんざん)手を焼いた[15]挙げ句、「知識青年は農村へ行く」という「最高指示」を活用することに決めた。つまり、二十歳以下の青少年労働者を皆田舎に追いやり、まず、貧農・下層中農の再教育を受けさせねばならない、ということだった。(ちな)みに、僕らのような子供に真の知識があるかどうか、青年と言ってよいかどうか、疑問の余地(よち)もなくはなかったが。

 軍代表の決定が下されると、二十歳以下の連中(れんちゅう)欣喜(きんき)雀躍(じゃくやく)した。もともと工場には、仕事らしい仕事などほとんどなかった。隠れん坊も、(ねん)がら年中(ねんじゅう)[16]やるほどの遊びでもなかった。だから、今回の決定は好都合だった。国の金をポケットにねじ込んで、山野(さんや)遊楽(ゆうらく)する。これほど僕らをどきどきわくわくさせるものはないではないか。だから僕らは、出発の日を待ちきれずに[17]、何日も前から蒲団を四角(しかく)にたたんで、「井」という字の形に(なわ)(くく)り、背嚢(はいのう)を用意した。待ちに待った当日の朝、僕は、夜中の三時に目を覚まし、ベッドの中で空想していた。仲のよい許滔(きょとう)や遊び友達、少女たちと一緒に田舎へ探険(たんけん)に行く、そんな期待で胸を(ふく)らませて[18]、わくわくしていた。

 朝五時に出発。珍しく、一人も遅刻した者はいない[19]。まだ薄暗い黎明(れいめい)の中で興奮しきった[20]顔は光を(はな)ち、まるで点々と続く赤信号のようである。トラックが着くと同時に、僕らは手と足を(たく)みに使って我先に荷台(にだい)に登り、思い思い[21]見晴(みは)らしのいい場所に陣取(じんど)った。トラックが動き出すと、少年たちはわいわいと歓声を上げ、少女たちは柔らかい髪の毛を風になびかせ、文字通り颯爽(さっそう)たる姿である。

 昼ごろ、トラックは道沿(みちぞ)いの食堂の前に止まった。昼食はビーフン。調味料は、醤油、酢と細切りしたネギだけ。テーブルに唐辛子の粉末をいっぱい入れてある瀬戸物(せともの)のお椀が置いてある。貴州は高地だが湿気が多く、晴れる日も少ない。だから貴州人は土地柄(とちがら)[22]、唐辛子に目がない[23]。僕らは平等にビーフンをお椀に分けてもらい、これでもか[24]、これでもかとレンゲで唐辛子の粉末をかき混ぜると、白いビーフンはみるみるうちに真っ赤になった。唐辛子の粉末はタダだから、いっぱい入れなければ損だ。家を出る間際に、母は僕の背嚢(はいのう)に味の素を一袋詰め込んだ。それをこっそり取り出して、ビーフンに入れると、また一味違った[25]

 トラックが人民公社の事務室に辿(たど)り着いたときには、ちょうど夜の(とばり)が降りて[26]、明かりを(とも)すところだった。明かりを灯すと言っても、公社には電気などなかった。僕らを歓迎するために、公社の幹部が、公社前の庭に白熱(はくねつ)ガス灯を置き()にしてくれたのだ。煌々(こうこう)たるガス灯はジージーと耳障(みみざわ)りな音を立て[27]、そこに虫が群がり集まり飛び()っていた。ガス灯に近づく瞬間(しゅんかん)に羽が焼かれ、地面に落ちてぐるぐる転がり、もがいていた。地面に太ったイボガエルが何匹か待ちかまえて、ゆっくりと身体を動かし、舌を出して天から降ってきたご馳走を味わっていた。

 僕らは全員で十八名だった。一つの村には泊まりきれない。簡単な歓迎、謝辞、挨拶などあってから[28]、僕らは性別によって二組に分けられ、二つの村の幹部たちに託された。女の子たちが羊の群のように連れて行かれるのを目の前にして、大切な何かが(うば)われてしまうような気がした。僕は白小鳳(はくしょうほう)という女の子に、ひそかに心を寄せていた[29]からだ。白小鳳は僕より三歳年上だった。工場の中で、よく遊んでくれた。僕に会うと、彼女は必ず僕の髪の毛をぐちゃぐちゃにしてから、指でもう一度、綺麗に整えてくれた。それに、家から「大白(ダアバウ)(トウ)」という柔らかい(あめ)を、時々持ってきてくれた。彼女は間違いなく僕のことを気に入って[30]いるんだと、僕は自分勝手に思い込んでいた[31]。その勘違(かんちが)[32]は日毎夜毎、深くなって、彼女に対する想いは膨らんでいった。田舎へ行けば彼女と同じ村に泊まれる。そうすれば、二人の想いは(あたた)まり、ひょっとしたら相思(そうし)相愛(そうあい)にまで[33]行き着くかも知れないと、わくわくしながらソロバンをはじいていた。もっとも、そんな勘定は直ぐに合わなくなり、結局夢(けっきょくゆめ)物語(ものがたり)[34]になってしまう、という別な数式(すうしき)も可能だった。まさにことわざの如く、「人の計算は天の計算に及ばない[35]」のだから。二つの村は、かなり離れているようだ。今まで温めてきた想いが、その距離によって冷えてしまいはしないかと思うとふと淋しくなった。

 迎えに来てくれた村の幹部たちは、ニコニコしていた。彼らには、工場から一名を(たく)されるごとに、毎月十五元の金と三十斤の食料配給券(はいきゅうけん)が渡される仕組(しく)みだった。地元の農民にとっては、それは決して小さな(がく)ではなかった[36]。特に食料配給券はなかなか[37]簡単に手に入るものではなかった。因みに僕の当時の年収は三百元だったが、地元の農民たちで最も現金収入がある者でも、年収およそ百五十元ほどであった。

 僕らは、村の横にある倉庫に泊まることになった。倉庫は石造(せきぞう)の建物だった。地元の建築物は、ほとんど現地の原材料で建てられていた。建物ばかりでなく、道路や橋も山から切り出した石の板を使っていた。山の岩肌(いわはだ)は、一枚一枚、薄い板のように()がされて、そのまま家を建てる煉瓦(れんが)になり(かわら)になるのだった。倉庫には植物油による灯火が二つほの暗く揺れていた。地面には木の板が並べられ、それが雑魚寝(ざこね)する[38]ベッドになっていた。村人は、大きな(おけ)でこってり[39]したトウモロコシの(かゆ)を担いできた。洗面器いっぱいの漬物(つけもの)も差し入れてきた。みんなとても腹をすかせていたので、シュルシュルという音とともに、桶はすぐさま空っぽになってしまった。

 軍代表は、粥を茶椀一杯もらい、二口ほど(すす)って、「いい粥だ。一生飲んでも()きない!」と声高(こわだか)にうそぶいた[40]。そして彼は、茶椀を置いてトラックの助手席に乗り、群がって見送る僕らに大きく手を振った。

 「女同志たちを見に行ってから帰る。君らはしっかりと再教育を受けておけ。時期が来たらわしが自ら迎えに来る。」

 トラックはブルンと吠えると、タコのように黒い煙を僕らに吹っかけながら、軍代表を乗せると、ジャンプしながら走り去った。

 僕は何となく、母親に捨てられた子供のような心細(こころぼそ)さを感じていた。

 倉庫に戻り、僕らは壁の隅に積んである(いな)わらを引き出して木板(きいた)の上に広げ、蒲団を敷いた。頭が枕につく[41]のとほぼ同時に、部屋中にいびきが響いた。屋外からはカエルの合唱(がっしょう)が聞こえていた。

 

问题与思考:

 

以下の質問に日本語で答えなさい。

1、「貧農・下層中農の再教育を受ける」とはどんな意味ですか。

 

2.「本来プロレタリアートとは、すべてを指導する階級である、と定義されていた」ということについて説明してください。

 

3.青少年労働者を皆田舎へ、貧農・下層中農の再教育を受けさせなければならない、という軍代表の決定が下されると、二十歳以下の連中はなぜ欣喜雀躍しましたか。

 

答え&ヒント

 

1、当時流行った「支農」と「知識青年上山下郷」について調べてから皆で話し合いなさい。

 

2.当時の「文化の命を変革する」という歴史を回顧しながら理解しなさい。

 

3.工場にいても暇だからです。また山野を散歩したりするのは楽しそうでしたから。

 



[1] 「曲がりくねる」曲折蜿蜒。◇わずかな平地を縫うように、曲がりくねった川が流れている。蜿蜒的河流穿过狭窄的平地。

[2] 「たわいない」不足道的;孩子气的。◇職場の昼休みは、いつもたわいない世間話で過ごしている。在单位午休的时候,大家总是有一搭没一搭地聊天打发时光。

[3] 「~てしょうがない」……得不得了;特别……◇一日中ずっと歩いていたので、足が痛くてしょうがない。走了一天的路,脚疼得要命。

[4] 「~ておらず」~ていない的中顿形式,表示某种状态。集合場所にはまだ誰も来ておらず、僕一人だった。还没有一个人到达集合地点,就我一个到了。

[5] 「ばかりでなく」(类似于だけでなく)不仅;不但。彼は英語ばかりでなく、ドイツ語も話せる。他不仅会说英语,还会说德语。

[6] 「さほど」和否定连用,表示并不那么。その問題は、彼にとってさほど難しいものではない。那个问题,对他来说不是什么难题。

[7] 「どんなに…ても」多么、怎么。どんなに話しても、話し足りない。怎么说,都无法用语言来表达。

[8] 「~を持つ」有;持有;拥有。良き友達を持つ者が、一番幸せだ。/好友相伴,乃人生一大幸事

[9] 「無用の長物」无用之物、废物。◇私たちにとって、銃は無用の長物だ。对我们来说,枪是多余的。

[10] 「そもそも」说起来、究竟;最初、原来。人間とは、そもそも何のために存在するのか。人,究竟是为什么而活着啊?

[11] 「~といわれている」被认为;一般认为。大豆は「畑の肉」といわれているほど、栄養価が高い。大豆被认为是“粮食中的精品”,营养价值很高。

[12] 「転がり込む」滚进来;投靠;寄居。◇泊まる所がなかったので、彼の家に転がり込んだ。因为没有找到落脚的地方,所以就住了他的家里。

[13] 「ぎゃふんと言わせる」让……叫苦;让……知道厉害。◇生意気なあいつをいつかぎゃふんと言わせてやる。哪天要让那个不知天高地厚的家伙知道一下我的厉害。

[14] 「ども」(表示复数)……们。悪人どもを許すことはできない。不能原谅那些坏人。

[15] 「手を焼く」麻烦。◇あのわがままな娘にはほとほと手を焼いた。那个任性的姑娘真让人伤透脑筋。

[16] 「年がら年中」一年到头。◇年がら年中野良仕事をしていました。一年到头在农地里劳作。

[17] 「待ちきれずに」没能等到。◇親の帰りを待ちきれずに寝てしまった。没能等到父母回来,就睡着了。

[18] 「胸が膨らむ」充满期待。◇新しい職場のことを思うと、期待で胸が膨らむ。想到新的工作单位,心里就充满了期待。

[19] 「一人も…いない」……人一个也没有。今日の授業の欠席者は、一人もいなかった。今天的课没有一个人缺席。

[20] 「動詞連用形+きる」(表示达到了极限)充分,完全;非常……,……至极。彼は朝から疲れきった顔をしている。他从早上起就显得很疲倦。

[21] 「思い思い」各自,各行其是。みんなは思い思いに発言した。大家各抒己见。

[22] 「土地柄」当地的风俗(习惯、情形)しきたりは土地柄によって様々である。规则因不同的风俗而种类繁多。

[23] 「~に目がない」十分喜欢。◇若い女性は甘いものに目がない。年轻的女性非常爱甜食

[24] 「これでもか」(形容某种东西数量多)这个那个的。これでもかというほど多機能な携帯。多种功能齐全的手机。

[25] 「一味違う」与众不同。◇やはり、彼女の論文は一味違う。她的论文与众不同。

[26] 「夜の帷が降りる」夜幕降临。◇夜の帷が降りて、聞きなれない野鳥の声が耳につくようになった。夜幕降临后,传来了陌生的鸟鸣声。

[27] 「音を立てる」弄出声音。◇赤ちゃんが寝ていますから、音を立てないでください。婴儿睡了,别弄出声来。

[28] 「~てから」(用于连接两个先后发生的动作)……之后。ちょっと休憩してから、始めましょう。稍作休息后,再开始吧。

[29] 「心を寄せる」思念;爱上。◇当初はただの上司と部下だったが、いつしか心を寄せ合うようになった。当初不过是上司与部下的关系,不知不觉中竟相爱了。

[30] 「気に入る」喜欢。◇彼女は僕のプレゼントを気に入ってくれたようだ。她好像对我的礼品中意的。

[31] 思い込む」深信;确信;认定。◇自分が特別な存在だと思い込む。深信自己有着特别的存在意义。

[32] 「勘違い」错认;判断错误;误会。◇似たような漢字を勘違いして覚えていたことに気付いた。发觉记错了相似的汉字。

[33] 「~にまで」直到……地程度;到……地步。◇事件が警察沙汰にまで発展する。事情发展到了由警察介入的地步。

[34] 「夢物語」想得美。空想。◇努力もしないで大金持ちになるなんて、しょせん夢物語だ。想不通过努力就能腰缠万贯,归根结底只能是痴人说梦。

[35] 「~に及ばない」赶不上……;不及……◇英語の成績は君に遠く及ばない。我的英语成绩远远不如你。

[36] 「決して…ない」决不……、绝对不……◇世界は今、決して平和とは言えない状態にある。当今世界绝不能说是和平的世界。

[37] 「なかなか…ない」不易……,怎么也不……◇何度も挑戦したが、なかなかうまくいかない。挑战了好多次,但进展的都不顺利。

 

[38] 「雑魚寝する」混杂着睡。◇稽古場に蒲団や毛布を持ち込んで雑魚寝する毎日だった。把棉被、毯子等带到排练场地,每晚就横七竖八地睡在那里。

[39] 「こってり」味浓;油腻。◇あの店のラーメンは、とてもこってりしている。那个店的拉面过于油腻。

[40] 「うそぶく」说大话;吹牛。◇田舎に資産があるから心配ない、と男はうそぶいたが、いかにも疑わしかった。虽然他吹牛说他在乡下有资产不用担心,但是令人难以置信。

[41] 「~につく」挨着;到达……◇地面につくくらい長いスカート。拖及地面的长裙。