朗读:
チャレンジ1
転 機
乙武 洋匡
ある秋の夜長、なかなか寝付けずにいたボクは、ぼんやりと考えごとをしていた。
さて、これから、どのようにして生きていこうか。
「どう生きていくのか」という問いは、そのまま①「どのような人間になりたいのか、何を最も大切にしていくのか」という問いにつながっていった。そこで、ボクは
大切なことに気付いた。
それまで、ボクが最も重要視していたのは、今から考えてみると、お金や地位、名誉といったものだったと思う。中学・高校を通して憧れていた弁護士も、「弱い立場の人を救いたい」という思いからではなく、そのカッコよさ、収入の多さから来る憧れだった。AIESECに魅力を感じたのも、国際交流という部分ではなく、ビジネスという
部分だったことは否めない。「異文化を理解したい」という思いよりも、ビジネス界で一旗あげて…という野望のような気持ちの方が強かったのだろう。悲しい②ことだが、これは認めざるをえない事実だった。
だが、そのような自分の価値観に気付かされた時、ハッキリと「そんな人生はイヤだ」と思えた。どんなに大金を持っていたって、死んでしまったら意味がない。また、いくら地位や名誉があったところ③で、まわりから嫌われていたら、そんなにつまらないことはない④。つまり、お金や地位・名誉があつても、いい人生とは限らないのだ。
では、大切なことって何だろう。この問いに対する答えは、人それぞれ違って当然だと思う。やっぱり、お金や地位・名誉がいちばんだと考える人もいるかもしれない。それが、「価値観の違い」と言われるものだ。
ボクの答えは、比較的すんなりと出てきた。他人社会のために、どれだけのことができるのか。まわりの人に、どれだけ優しく生きられるのか。どれだけ多くの人と分かり合えるのか。どれもむずかしいことではあるけれど、これが実践できれば、ボクの人生は幸せだったと胸を張れる気がする。ただ、どれを目指すにしても、絶対に譲れない大前提があった。それは、「自分を最も大切にしながら」というものだ。
(『五体不満足』講談社)
注釈
1.重要視:重要と認めること。 2.AIESEC:(アイセツク)国際経済商学学生協会。大学生、院生を対象にした交流事業で、企業で研修を通じ国際的視座と実務経験を備えた人材を生み出す国際活動団体。1948年発足。 3.一旗あげる:新しく事業を始めて、成功し、みんなの羨望を集めること。 4.すんなリ:抵抗感がなく順調に。 5.胸を張る:自信に満ちた態度をとる。 |
練習問題
1.本文の「そのまま」は次のどの言葉に当たるか。
a.すなわち b.そして c.それに d.また
2.文中の「悲しい」は筆者のどのような気持ちを表しているか。
a.反省している b.後悔している c.こわがっている d.迷っている
3.「いくら地位や名誉があったところで……」の「ところ」と同じ使い方のものを次から選びなさい。
a.今、でかけたところです。
b.勉強にいいとろです。
c.安いといったところで、5千円はするでしょう。
d.わざわざ行ったところ、あいにく留守でした。
4.「そんなにつまらないことはない」と同じ意味の内容を次から選びなさい。
a.つまらないことだ
b.つまらないことではない
c.それほどつまらないことではない
d.なによりもつまらないことだ
5.筆者の今の価値観は何か。
a.最も重要視していたのは、今から考えてみると、お金や地位、名誉といったものだ。
b.最も大切なのは、他人や社会のために、どれだけのことができるのか。まわりの人に、どれだけ優しく生きられるのか。どれだけ多くの人と分かり合えるのかということだ。
c.自分を最も大切にしながら、他人や社会のために、できるだけのことをする。つまり、まわりの人に、優しくし、多くの人と分かり合えるように実践すること。
d.自分を最も大切にすること。
正解 1.a 2.a 3.c 4.d 5.c