(天声人語)時差ボケ最前線
2017年4月29日05時00分
ベトナム戦争のさなか、キッシンジャー米大統領補佐官は北ベトナム側との交渉で、不用意にかんしゃくを起こしそうになった。時差ボケのせいである。現地へ飛んですぐ会議に臨んだことを悔いた▼以後は懲りて、空の長旅の後は時差調整に励むようになる。モスクワでの重要な交渉では「現地に着いて36時間は体を慣らす」と先方に告げたと回顧している▼以来40余年、時差ボケの予防法は見つかっていないのだろうか。岡山大学の吉井大志(たいし)准教授(38)はハエを使った実験で、時差による不調からの回復を左右する脳神経細胞14個を見いだした。それらの細胞内に特定のたんぱく質を持つハエは、短時間で体内時計を修正できた。成果は2年前、米研究誌に掲載された▼実験に使ったのはキイロショウジョウバエ。人に比べると時差への順応が早い。「その仕組みを解明できれば、人の時差症状を緩和したり、回復を早めたりできる可能性があります」▼吉井さんによると、この種の研究は時間生物学と呼ばれる。日本の先を行くのは米国である。中東など戦地へ派遣する兵員の時差症状をすばやく解消できないか。24時間無休の病院や工場で交代シフトはどう組むべきか。大リーグ選手たちに空路移動がもたらす負担はどの程度か。そんな研究が進んでいるという▼春の連休が始まった。観光だけでなく商談や外交、視察などで時差のある土地へ向かう方も少なくないだろう。到着後すぐの交渉や買い物には、くれぐれもご留意を。