45 第3部 複文
以上で「単文」を終わります。次は述語が二つ以
上ある「複文」に入ります。複文の研究はまだまだ
不十分で、わからないことばかりです。
45.複文について 53.程度・比較・限定
46.並列など 54.その他の連用節
47.逆接 55.連用のまとめ
48.時 56.連体節
49.条件 57.名詞節
50.理由 58.引用
51.目的 59.複文のまとめ
52.様子
45.複文について
45.1 従属節の種類
45.2 問題の概観
45.1 従属節の種類
[名詞節] [連体節] [連用節] [引用]
45.2 問題の概観
[従属度/独立性] [ハとガ] [テンス・アスペクト]
これまでに見てきた文型は、みな、いわゆる「単文」でした。つまり、述語
が文末に一つだけあって、一つの事柄を表わしていました。単文が表わせるの
は単一の事柄だけです。
しかし、私達が表現したい事柄は、もっと複雑なものです。単文をいくつも
並べ、間に適当な接続詞を置けば、様々のことを表わすことができますが、そ
れでもやはり限界があります。より複雑な事柄を表わすには、より複雑な文型
が必要です。
これから、二つ以上の事柄を一つの文の中で関係付けて、複雑な事態を表現
するような文型にはどんなものがあるかを見ていきましょう。二つの事柄を表
すには、二つの述語が必要です。二つ以上の述語が一つの文のなかにあるよう
な文を、複文と呼ぶことにします。
複文とは、よりくわしく言えば、「基本述語型+複合述語」が二つ以上ある
文のことです。それぞれのまとまりを「節(せつ)」と呼ぶことにします。そし
て、文の終りにあって、文全体の中心になっている節を「主節」、それ以外の
節を「主節に従属している節」という意味で「従属節」と呼ぶことにします。
45.1 従属節の種類
従属節が複文中で果たす役割は、単文中でさまざまな品詞が果たす役割と比
較して説明され、名付けられます。
① 名詞節(→「57.名詞節」)
│ │
私の趣味は│サッカー │です。
│切手を集めること│
│ │
│
外国語 │はとても難しいです。
外国語のニュースを聞くの│
│
│
鐘の音 │が聞こえます。
鐘が鳴っているの│
│
│
辞書│を忘れました。
辞書を持ってくるの│
│
│
どろぼう │を警官が捕まえました。
どろぼうが逃げるところ│
│
これらの例は、基本述語型の名詞の位置に「補語+V」が入っていて、「こ
と」「の」または「ところ」が付いています。この「こと/の/ところ」が従
属節の述語と結び付いて、節全体を名詞相当にする機能を持っています。それ
で、ふつうは名詞のあとに続く「です/は/が/を」などと接続できるのです。
│
希望 │をたずねました。
何がしたいか│(を)たずねました。
│
│
明日の天気 │が知りたいです。
雨が降るかどうか│(が)知りたいです。
│
│
車 │に 注意してください。
車がこないかどうか│(に)注意してください
│
これらの例では、名詞の位置に疑問文(+どうか)が入っています。この場合
は、「が」「を」「に」は省略できます。省略された場合、これを名詞節と考
えるかどうかには議論がありますが、この本ではとりあえず名詞節のところで
とりあげます。
② 連体節(→「56.連体節」)
連体詞という品詞がありました。その機能は名詞を修飾することです。名詞
の「Nの」、形容詞なども同じ役目を果たします。連体節も同じように名詞を
修飾するのが役目です。
┌─────────────┬────────────────┐
│この本 連体詞 │ ここにある本 動詞(連体節)│
│こんな本 〃 │ 昨日買った本 〃 │
│子供の本 名詞+の │ 昨日聞いた話 〃 │
│英語の本 〃 │ 亀を助けた話 〃 │
│きれいな本 ナ形容詞 │ つりに行こうという話 〃 │
│大きい本 イ形容詞 │ │
└─────────────┴────────────────┘
以上の例のなかで、右側の動詞の場合だけを「節」と考えます。つまり、
a.この本を読みました。
b.ここにある本を読みました。
のaは単文で、bは連体節を含む複文と考えます。
この定義には問題がありますが、その議論は第3部の最後にします。
(→ 「59.6 複文の定義」)
連体節は大きく二つに分けられるのですが、くわしい話は後ですることにし
ます。(上の5つの連体節の例の中で、後の2つがちょっと違うのですが、わ
かりますか?)
③ 連用節(→「46.並列」~「55.連用のまとめ」)
もう一つは連用節です。副詞の表わす「様子、程度」などと、単文では補語
によって表わされた「時、理由、目的」などを表わします。「副詞節」と呼ば
れることが多いのですが、かならずしも副詞に相当するわけではありませんか
ら、連用修飾をする節と考えて、連用節という名前にしておきます。
│ │
友だちと(補語)│ 歌を歌いながら │
5時まで 〃 │歩く 疲れるまで │ 歩く
わざわざ(副詞)│ バスが来ないので│
静かに 〃 │ 音を立てないように│
│ │
用法別に補語や副詞と並べてみましょう。
│
2時に │家を出た (時)
2時になった時に│
│
│
雨で │試合が中止になった (理由)
雨が降ったので│
│
│
大学受験のために │上京する (目的)
大学を受けるために│
│
│
はだかで │立っている (様子)
服を着ないで│
│
│
どたどた │歩く ( 〃 )
音を立てて│
│
│
とても │重い (程度)
持てないほど│
│
│
千円だけ │持っている (限定)
持てるだけ│
│
それから、補語の場合に「NとN」や「NやN」で二つの名詞を結び合わせ
たように、二つの節を並べて結び合わせる「並列」もあります。
夢と希望がある。
夢があり、希望がある。 (並列)
金はあるが、暇はない。
ビールを飲んで、餃子を食べた。 ( 〃 )
比較文型の名詞のところに節を入れた「比較」の節もあります。
夏より冬の方が好きだ。
海で泳ぐより山に登る方がおもしろい。
連用節の中には「条件」を表す節があります。条件を表す補語はないので、
補語との並行性がない「条件」を連用節の中でどう位置付けるかはちょっと問
題です。
知に棹させば、流される。 (条件)
飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。 ( 〃 )
なお、連用節という名前は、その節全体が文の中で果たす役割によるもので
す。その節の作られ方を見ると、連体節と呼ぶべきものがあります。
彼女に会った時に、これを渡して下さい。
「彼女に会った時」は「時」という名詞を「彼女に会った」が修飾している
と考えると、これは連体節ですが、「~時に」までの全体が「渡す」という主
節の述語を連用修飾(時を示す)すると考え、連用節として取り扱います。こ
れは「48. 時を表す節」の中に多くみられる形です。
「比較」も名詞のところに節が入るわけですから、名詞節とも考えられます
が、説明の都合上、連用節の中に含めます。
その作られ方という点から、その他の連用節を見ると、「~ので/から/の
に/ながら/し/けれども」などの「接続助詞」と呼ばれるものによるもの、
「~て/たり/たら/ば」などの活用形によるもの、「~ために/うちに/せ
いで/ように/」などの形式名詞によるもの、などさまざまです。
逆に言うと、そのようにさまざまな方法で連用節を作り出して、複文の内容
を豊かにしているわけです。
「46.並列など」から「53.程度」まで、代表的ないくつかの連用節を見た
後、その他のさまざまな連用節をかんたんに紹介だけしておきます。
連用節の種類は多く、どう位置づけたらいいのかわからないものがたくさん
あります。これらの多くは中級以上の文法事項の中心になります。「日本語能
力試験」では、「機能語」としてこれらの文型をまとめています。
最後に、「連用のまとめ」として、単文の連用修飾語と連用節とのつながり、
連用節どうしの関係などを考えます。
④ 引用(→「58.引用」)
引用を表す次のようなものは、引用節と言われ、名詞節の一種とするか、あ
るいは連用節の中に入れることが多いようですが、他の節と少し性質が違うの
で、別にします。
「今日は」と言いました。
「明日もやろうね」と言った。
はい、と返事をしました。
今日来ると先週言っていた。
お前も行くかと聞いた。
調べてくれるように頼んだ。
このやり方では無理なように思った。
以上の節をそれぞれを見た後で、節どうしのまとまり方、複文全体の構造・
問題点などを考えます。
複文は二つ以上の節からできています。時には非常に長く複雑な文になりま
すが、とりあえずは二つの節だけでできている複文を中心に見て行くことにし
ます。三つ以上の節からなる文の場合に、どのように節どうしのまとまりを考える
かという問題がありますが、それは「55.連用のまとめ」と「59.複文の
まとめ」で考えてみることにします。
説明の便宜のため、二つの節を「A」「B」などの記号を使って表すことに
します。例えば、理由の「~ので」の場合、「AのでB」というふうに簡略化
した形を説明の中で使います。正確には「Aので」までが一つの節ですが、文
型の説明の便宜上、「ので」以外の部分を「A」で表します。
45.2 問題の概観
考えるべきことは、従属節の意味・用法ですが、節が二つあるということは、
それぞれの主体をどう表すかということ、つまり「ハとガ」の問題や、それぞ
れの述語の形の関係、特にムードや「する/した」の使い分けの問題、さらに
は丁寧形と普通形のどちらを使うかということにも注意していかなければなり
ません。単文よりも、一つ一つの文型についてあれこれと考えなければならな
いことが多くなります。
45.2.1 従属節の「従属度/独立性」
従属節の問題を考える際に鍵となる概念は、主節に対する「従属度」、ある
いは逆の見方をすれば主節からの独立性、です。
従属節には、ほとんど主節の一部となって「節」を成しているとは言えない
ような述語(基本述語型)から、先ほど見た「~が、」のように独立した文に
近いものまでいくつかの段階が考えられます。それらのそれぞれについて、文
体やムード、テンス、そして「は」に対する制限の違いなどを考えていかなけ
ればなりません。一般的に、独立した文に近いほど制限が少なくなります。
ここで、複文と「は」の問題と、テンス・アスペクトについて、考えるべき
問題点を少しだけ述べておきます。
45.2.2 複文と「は」
「は」は、文を「主題-解説」という構造にする働きを持っています。それ
は、その文が複文になっても同じです。
田中さんは日本語の先生です。
田中さんは、東京にある日本語学校の先生です。
田中さんは、大学で日本語学を学び、日本語の先生になりました。
みな、「田中さん」を主題として、それについて述べた文です。この中に他
の主体が現れると、それは「Nが」で表されます。
田中さんは、有名な学者が書いた文法の本を読みましたが、よくわ
かりませんでした。
田中さんは、子供が産まれたので、1年間仕事を休みました。
ただし、「引用」の中にはまた別の主題が現れ得ます。
田中さんは、今の社会は女性に不利だといつも感じています。
主題は文全体を支配するものとして、文末までかかろうとします。「が」は
格助詞ですから、それを受ける述語にかかります。つまり従属節の述語までで
ひとまず役目は終わりです。
ただ、複文でも、その全体が物事をそのまま述べる「現象文」であれば、従属節
の「が」が主節の述語にもかかります。
田中さんが入ってきて、いちばん前の席に座りました。
また、主題の「は」が二つ以上ある文もあります。代表的なのは「並列」の
文です。二つの文が並べられているのに近い構造で、それぞれが主題を持つこ
とができます。
田中さんは日本語教師になり、山田さんは英語教師になった。
数は少ないのですが、理由を表す従属節なども主題を持つことができます。
彼はまだ高校生なので、彼の親は結婚に反対している。
このことを従属節の側から見れば、独立性の強い従属節はその中で「は」を
使うことができ、そうでない従属節は「は」が使えず、主体は「Nが」で表さ
れる、ということになります。
この「独立性の強さ」ということは「は」だけの問題ではなく、従属節に入
りうるムードの種類や、丁寧形が使えるかどうかということにも関係します。
45.2.3 テンス・アスペクトの問題
複文のテンス・アスペクトに関してありうる問題は次のようなものです。一
応例文をつけておきますが、説明はしません。まず、テンスに関して。
① それぞれが独立してテンスを持つ場合
佐藤さんは来たし、鈴木さんも来る。
佐藤さんは来ないが、鈴木さんは来た。
② 従属節がテンスを持たない場合
佐藤さんはビールを飲んで酔っぱらった。
以上の二つの場合は、特別な問題はありません。
③ 従属節のテンスが、主節の時を基準とした「相対テンス」になる場合
これはさらにいくつかに下位分類されます。
1 従属節の現在形が主節より「以後(将来)」を表す場合
タンさんは日本へ留学するために貯金をしている/していた。
2 従属節の現在形が主節と「同時」を表す場合
タンさんは日本にいるときに結婚した。
3 従属節の過去形が主節より「以前(過去)」を表す場合
国に帰ったタンさんは大学の先生をやっている。
送別会では、タンさんが作った料理を食べます。
次に、アスペクトに関して。
④ 「スル/シテイル」「シテイル/シタ」の使い分けがなくなる場合
私はもくもくと走る/走っている 彼に声をかけた。
以上のような問題がありうるのですが、これだけ見ても今は何だかわからな
いでしょう。それぞれ、個別の文型の説明の中で考えることにします。
では、複文の文型を一つ一つ見ていきましょう。先程の順とは逆に、連用節
から始めて、連体節、名詞節と進んで、最後に引用の問題を扱う予定です。
参考文献
寺村秀夫1981『日本語の文法(下)』国立国語研究所
益岡隆志・田窪行則1992『基礎日本語文法 改訂版』くろしお出版
高橋太郎他2000『日本語の文法』(講義テキスト)
仁田義雄編1995『複文の研究(上)』『複文の研究(下)』くろしお出版
益岡隆志1997『複文』くろしお出版
田窪行則編1994『日本語の名詞修飾表現』くろしお出版
『日本語学』「特集 引用」1988年9月号明治書院