(天声人語)下積み17年のシンガー
2017年4月20日05時00分
#毎朝渡すお弁当はあなたへのお手紙……。いまNHK「みんなのうた」で放送中の曲「お弁当ばこのうた」は、台所で野菜を刻む軽やかな音とともに始まる▼作詞作曲は半崎美子(はんざきよしこ)さん(36)。初のメジャーアルバムが今月発売されたばかりのシンガー?ソングライターである。「家族とのふだんの会話とか知り合いから聞いた悩みとかから曲を作ります。作詞も作曲も独学です」▼老眼鏡で新聞を読む父親に語りかける「永遠の絆」。若くして母親と死別した友人の思いを歌にした「深層」。作品世界はあくまで平明である▼家族の反対をおしきって札幌から上京し、東京?駒込のパン屋に住み込みで働きつつ音楽活動を始めた。下積み17年、自作CDを携えて精力的に回ったのは各地のショッピングモールだ。延べ200カ所以上で歌ってきた▼「音楽ホールやライブハウスって非日常の場所ですよね。でもモールは日常の場。私は日常を歌いたい」。なるほどモールへ買い物に来る人は音楽ファンとは限らない。老若男女それぞれの情感に訴える曲でなければ足を止めてもらえない▼#心に撒(ま)いた種に涙の水を落として/誰の目にもとまらぬように静かに咲く……。津波による犠牲者の多かった宮城県石巻市に捧げた「種」である。歌を聴いてくれた人の打ち明け話から生まれた曲もある。売れない時代が長かった分、ごく普通の人々の思いをすくう感性が育まれたのだろう。伸びやかな歌声が、生きづらさを抱えた人々の胸に響く。